「珠せいろ」のムシしちゃいやよ牡蠣ストーリー vol.05

え!?意外すぎる「江戸時代のカキ産地ランキング」

「カキといえば広島産でしょう。独特の風味、身入りがいいし、くっきり黒いヒダも美しい」

「松島産を忘れないでくれよ! 粒は小さいが濃厚な旨味!」

「何を言っているの、やはり的矢でしょう! あの甘さときたら(ウットリ)」

「いやいや今は播磨灘産! 他の産地なら2年3年かかるサイズがたった1年でとれるんだよ! 一年カキならではの身の柔らかさ、クリーミーだし!」

カキ好きが集まると始まるのが「私が好きなカキ」自慢。広島、松島、播磨灘、的矢、厚岸などなど、カキ好きの人ならきっとお気に入りの産地があるもの。

また産地によって、それぞれ個性的なのもカキの魅力の一つですね。

「カキの産地のランキング」は昔から付けられていて、寺島良安の『和漢三才図絵略』(1712年成立)には、「按ずるに、牡蠣は東北の海に多く之有り。参州(三河。現在の愛知県東部)苅谷、武州江戸近処の産、大にして味美なり。藝州廣島の産、小にして味佳なり。

尾州・勢州、之に次ぐ。播州の産、大なりといえども肉硬く、味佳ならず」とあります。

今もカキの名産地として知られる広島は、すでにこの江戸中期から名声を得ていたらしいことがわかりますが、それよりも、三河の国の刈谷と江戸前のカキの方が上等であったというのは興味深いところです。

和漢三才図絵略

また『和漢三才図絵略』より少し前、元禄時代に人見必大が著した『本朝食鑑』巻十には、「参州苅谷江上のものをもって上品となし、牡蠣もまた大ひ也。尾勢之に次ぐ。

江東房総最も多し。

今江都の漁市に鬻(ひさ)ぐ(鬻ぐ=売る)処の者、永代島の江上、之を採る。牡蠣大ひにして味また佳なり。海人、生けながら殻を割りて肉を採りて、もって之を売る。ゆえに明鮮なるをもって珍となす也」とあります。

三河の国、苅谷の産のものがもっとも上品ものとし、尾張や伊勢のものはこれにやや劣るという評価はだいたい一致した見解であり、元禄時代の江戸湾では上等のカキが盛んに取れたということも見えます。

明治時代には東京湾でカキの養殖をしていて、江戸時代までさかのぼると、カキは江戸の名産品で、深川のカキは文化文政の江戸名物でした。

大正時代以降になっても東京はカキ生産量日本一になったことが二度あります。

現在の深川。蛎殻町の
地名に江戸時代の名残が……

カキの養殖は江戸時代の初期に、広島各地で自然発生的に始められ、大正末期に開発された、筏垂下式養殖が戦後大きく普及し、生産量が大きく増えました。

養殖技術の進歩とともにカキの味も改良されてきました。

カキは海、山、川という大自然と人の手による「一粒の総合芸術」ともいえる食品ですが、「大なりといえども肉硬く、味佳ならず」といわれた「播磨灘産」が今やブランドとして人気を得ているのも隔世の感があります。

より美味しいものを提供したい、という播磨灘の牡蠣に携わってきた方々の探究心と努力には本当に頭が下がります。

世は歌につれ歌は世につれ、ではありませんが、味もまた世につれ。新時代のカキ「珠せいろ」も「探究心と努力」の結晶といえます。

カキを毎日食卓に
珠せいろ簡単レシピ

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