韓 国 ~ そ の 1
韓 国 の 輸 出 攻 勢
(慶尚南道の経営市トンヨンの牡蠣養殖海域)
日経新聞の2010年2月26日記事で、日系企業の海外現地事務系課長職の2009年の年収が発表された。これによると韓国は4.4万ドル、台湾は3.0万ドル、中国は1.5万ドル、ベトナムは0.9万ドルである。1ドル90円(2010年3月中旬為替レート)で換算すると、韓国の年収は396万円、台湾は270万円、 中国は139万円、ベトナムは僅か81万円の年収。
この年収を日本人と比較するため、国税庁データ(2008年)を見てみた。一応、アジアの日系企業事務系課長職ですから、それなりの年齢であろうと、いくつかの年齢層の日本人男性年収を抽出し、韓国進出日系企業年収と比較してみた。
日本人の30~34歳年収は453万円で、これは対韓国比114%、35~39歳は530万円で138%、 40~44歳617万円156%、45~49歳663万円167%、50~54歳670万円169%というように、日本人平均年収の方が韓国より各世代とも上回っている。
日本人の年収で、最も高い業種は電気・ガス・熱供給・水道業の675 万円、次いで金融業,保険業の649 万円、低い業種は宿泊業・飲食サービス業で年収250万円であり、業種間で大きな格差がある。日本の国税庁データ年収は、これらの格差を含んだ全業種平均であるから、アジアに進出している同業種を抽出し、その企業の課長職レベルと比較すれば、前項で比べて見た年収格差はさらに開くと考えるのが妥当だろう。
この年収差が明確にあらわれた大事件が昨年末に発生した。それは韓国の「UAE(アラブ首長国連邦)原発落札」である。受注額が韓国400億ドル、対するフランスは700億ドル、日米連合は900億ドルで、これでは勝負にならず韓国が国際入札の勝者となった。UAEは価格のみ優先したのでなく、その後のメンテナンス力も考慮したという事らしいので、そうならば増して価格の安さが目立ち、安い上にサービスが優れているとUAEは理解したのだろう。
これが台湾や中国・ベトナムだったらもっと価格差は広がっているはずで、韓国の現代製自動車が海外でシェアを伸ばしているのは、この価格差と思われる。アジアには5001ドル~3.5万ドルの中間ミドル層人口が8億8000万人いると推測され、これらの需要を取り込むには、価格戦略が最優先となるが、これが果たして日本企業の人件費と円高では、対応可能なコストパフォーマンスがとれるのか、という素朴な疑問がアジア各国との年収比較で浮かんでくる。
さらに、韓国が輸出を伸ばしている背景に、韓国通貨ウォンWON(以下wと表示)安が影響し、輸出競争力が増しているのは事実だが、もう一つの大きな要因はサムスンやLG、現代自動車グループが財閥系企業ということもある。オーナー経営だから工場建設などの投資判断が迅速で、足元の需要が低迷していても、将来見込みが明るいとみれば果敢に投資する。そうすると需要が増えたとき、一気に高いシェアが獲得でき、成長加速が進むのである。これが韓国を訪問した際の状況分析であるが、これから韓国牡蠣事情に入りたい。
2009年2月に訪れたソウルで、最初に向かったところは、鷺梁津水産市場NoryangjinノリャンジンFisheries Wholesale Market。ここに入って驚いた。活気に溢れている。各国の市場を見ているが、その中でも元気であり、庶民的であり、魚介類の種類も多いと思う。機能ではなく人手で運営されているという感じがする。雰囲気が柔らかいといってもよい。それは専門店でも、一般の人でも自由に入れて利用できることから生じているのかもしれない。
さて、牡蠣の売り場を探すと、発泡スチロールの箱に入って置いてある。
(市場で売られている牡蠣)
値段を聞くと天然ものは0.4kgで7000w、養殖ものは1kgで10,000wという。空港で両替したら一万円が152,000ウォンであるので、1wが0.0658円とウォン安がすごい。これで計算すると天然ものは0.4kgで460円。養殖ものは1kgで658円となる。これは安すぎだろう。しかし、実際の市場の価格だ。
ところで、天然もの牡蠣とは何だろう。販売しているおばさんに聞こうとしたが、多分、説明が難しいだろうし、こちらの意図していることが伝わらないだろうと思ってやめる。ご存じのように、牡蠣は世界中養殖ものである。チリではチリ牡蠣の天然ものがあったが、それも今では乱獲で少なくなっている。
不思議に思いながらも牡蠣ウオッチングを続ける。殻つきの牡蠣は皿に10個盛って、上から薄いセロハン紙をかけたものが4000w、殻つき牡蠣が55個で10,000wである。このノリャンジン市場は、建物が細長く、奥行きは何百メートルあるか分からないが、幅も150mくらいあって大きい建物だ。市場の内容について詳しく聞きたいと、二階の事務所に行く。アポイントなしで突然お伺いしたが、企画総務課の課長が対応してくれ、英文パンフを見ながら説明してくれた。昨日は日本人が仙台から視察に来たという。
年間の訪れる人は観光客を含めて一万人。広さは9952㎡、店の部分は9319㎡で808店、1927年に市場を開いたので85年の歴史がある。
課長にずいぶん牡蠣が市場に並んでいますねと尋ねると、もうピークは過ぎた、一月がキムチを漬ける時期なので一番需要が多く市場に出回る時期だとの答え。次に先ほどの天然牡蠣について聞いてみた。答えは全羅南道の高興で自然のままで海から採っているという。岩についたもの、海底にいるものや、牡蠣用につくった専門の石を海に投げ入れ、それに自然の牡蠣を付けさせ、育ったら採集する投石法というものだと説明と、松の木を海底に埋めて、これで牡蠣を獲る方法も行われているという。しかし、この方法は手間がかかりすぎるとのこと。そうだろうと思い、その理由で養殖ものより高いのだろうと思う。
課長に市場の取り扱う牡蠣の年間量を聞くと、2005年データで3300トン。このうち高興牡蠣は2~3%。それにしては店に天然牡蠣がありすぎる。どこの店でも天然といって並べている。今日のセリ場の価格は養殖カキが1.5kgで20,000wだったが、高興牡蠣の入荷はなかったはずだといい、普通、高興牡蠣は1.5kgで50,000wであるという。
これを聞いて、一階の市場で売っていた高興牡蠣0.4㎏が7000W、だからこれを1.5㎏に換算すると15,000Wとなる。課長の言う価格よりずいぶん安い。やはりおかしい。また、課長は天然牡蠣を日本に輸出しているというので、その状況を聞きたいというと、営業の部門に行って現地漁師の電話番号をメモして戻ってきて、ここへ直接聞いてくれという。そこで電話してみると、現地の漁師さんの奥さんらしき人が出て、長いことこの仕事しているが日本に輸出したことはないという。また、現地に来て現場を見たいならば、潮がひいて海におばさん達が入る時に一緒に入るしかないという。そうだろうと思うが、高興までは行く時間がとれないのでやめる。いずれの機会にしたい。
次にロッテデパートの地下食料品売り場の、牡蠣のところに行く。そこでは統営トンヨン牡蠣を135g×2袋、2880Wで売っている。188円だ。安い。写真を撮ると係が飛んできて注意される。少し先に牡蠣とキムチを混ぜている女性がいる。ポスターに「味かきのしおから」と書いてあり、100g2900W、プラスチック容器入り500g13,000W(855円)である。どうやって作るのかと日本語で聞くと「キムチと塩も少し入れる」と正確な日本語で答えてくる。アクセントが日本人だ。多分、アルバイトしているのだろう。顔も日本人だ。いずれにしても人気アイテムのようで客が大勢集まってくる。食べませんかと言われたが生なのでやめる。ちょっと怖いので。
次にワイン売り場に行く。牡蠣に合う韓国のワインを欲しいというと、MAJUANGを薦められ、赤白2本買う。産地はどこかと聞くと慶尚北道で慶山市GYEONGSAN-SIという。
次に牡蠣専門店に行く。「かき村」という店。殻付きの牡蠣焼きを注文するがメニューになし。ここはチェーン展開の店で、結構店があるらしい。こういう牡蠣専門の業態店があるのは世界で初めてみた。韓国人は牡蠣を外食でよく食べるのだろうと推測する。昼食時間で、次から次へと店に入ってくる。牡蠣のてんぷらと牡蠣ご飯食べて二人で22,000W。この店の立地は東大門の近くで。再開発でファッションビルが建ち、おしゃれな街と昔ながらの食道街が混在しているところ。人が大勢歩いている。
このような店はどうして発想したのか。それを調べる必要があるだろう。そこで2010年4月1日に、牡蠣村フランチャイズ本部のあるソウルから車で一時間離れたところに向かった。
アポイントの時間は10時、しかし、30分早く着き、そのままフランチャイズ本部のビルに入った。五階のエレベーターを降りると、そこが牡蠣村本部。隣はスポーツクラブ。社長はまだ出社していないので、管理本部長が対応してくれる。牡蠣村は10年前から展開している。メニューを牡蠣だけにしておくと、夏場の客が30%程度減るので、今はタコとアワビもメニュー化している。また、牡蠣蒸しと、牡蠣焼も加えている。
牡蠣はトンヨンから仕入れしている。10kgで8万から9万wで仕入れる。一番高い時で11万w。夏場は5万wになる。後で述べるが、この時期、トンヨンの牡蠣組合の競り場では、10kg当たり5万wで取引されていた。さて、韓国人にとって牡蠣は、それほど高い食材ではないが、安いものでもないというレベルだなど伺い、社長が書いた本と、創業経営者11人の物語で、タイトルは「成功するための失敗」というものをいただいた。このタイトル、意味が分からないので社長に聞いてみようと思っていると社長が出社したと連絡があり、隣の社長室に移った。社長はKi Jo Jang氏53歳。今はまだ寒いのに、ワイシャツ一枚でいる。印象は穏やかで、対人関係に神経を使う人物とみた。日本には年に二三回行くといい、親しい企業の名前を言う。
現在、牡蠣村の店数は67軒で展開。方針としては、フランチャイズはそれほど多くしなく、フィーを高くしている。社長にこの商売を始めた経緯を聞くと語り出す。昔、大邱Daeguで、エスカルゴを韓定食に組み入れた業態を始めたが、これが大失敗で、借金抱え大変なことになった。その時、たまたま韓国の西側海辺で、牡蠣スープを食べたところ、味が素晴らしく、この味を取り入れた牡蠣料理を展開すれば、成功するのではないかと感じ、この店のスープを二カ月毎日研究した。
だが、当時の西側の海の牡蠣は価格が高かったので、慶尚南道の統営市トンヨンの養殖地に行ってみるとそれほど高くない。そこでトンヨンの牡蠣を使って、大衆化した牡蠣料理を作って始めて店を出したのだ。その店もお金がなかったので、空家になっていたところを、二ヶ月間家賃を無料にしてもらい始めた。場所はオフィス街で飲食店としてはどうかと思ったが、場所をどうこう言っている場合ではないくらいに追い詰められていた。しかし、オープン初日、思いがけなく近くのサラリーマンが昼食時に入って来て、たちまち満員になった。これで自信を持ち外食フランチャイズを展開しだしたのである。経営のポイントは広告宣伝をしないことだ。テレビ局からの取材で放映されたことはあるが、自らの費用では宣伝しない。また、店の立地はどこでも構わない。味と誠実な対応で進めているのが武器。これを今後も維持する。
海外進出はまだ早いと思っている。在日韓国人から日本展開を進められているが、韓国の外食が外国で成功した事例はまだないので、まだまだ外国への進出には時間がかかるだろうと思っている。成功した背景に韓国人の牡蠣を食する習慣がある。韓国人は牡蠣を家で料理して食べる習慣は少ない。刺身で食べるか、ご飯に入れる程度。だから、外食として成り立つのだと思っている。
それと、それまで大衆的でなかった牡蠣を、一店ずつ開拓し、時間をかけて展開して、じわっと一般化したことが成功要因だろうと思っている。その証明になるのが客層で、これは若者から高齢者まで幅広い。
今精力的に動いているのは、アワビを大衆化することだ。先日、アワビを扱う店をオープンさせ、もう一店を計画中である。韓国でアワビの養殖は一年前は4500t、今年は10,000tとなった。中国からも仕入れしようと思っている。
ここで、これから近くの牡蠣村直営店に行こうと誘われる。店に行くと70席くらいのスペースで、床が磨かれていて、清潔感がある。従業員の対応も柔らかい。
テーブルに座ると、牡蠣料理が運ばれてくる。まず、食べたのがビビンバ、一瞬「うまい」と声が出た。何とも言えない素朴な味わいで品がある。このような味はなかなか出せないと思う。それを素直に伝えると社長はニコッと笑う。これが6000wとは安い。その他の料理、海草クッパ、鶏肉クッパなどもうまい。メニューを見ると、クッパ雑炊、お好み焼き、チヂミ、生カキもある。メニューは20から30アイテムある。しかし、売れ筋は10アイテムだろうという。
そのメニューのトップページに、英語で書かれているのが、「Perfect Well-Being Food」完璧な健康食事、というような内容だろうと理解する。最後に、結論的に述べた社長発言に納得した。それは、韓国の方が日本より一人当たりの牡蠣消費量が多いとのこと。これは実際に韓国内を歩いてみての感覚と一致する。食事を終えたら、これからアワビの店を見てくれというが、時間的に難しいのでやめる。少し残念だが次回の楽しみとしたい。ところで、本のタイトル「成功するための失敗」について尋ねると「それが自分の財産だ。失敗がなければ今日はなかった」と自信あふれて顔で宣言する。こういう経営者が存在するところが、韓国のバイタリティだろうと思い、これからの活躍を祈って握手して別れた。
韓 国 ~ そ の 2
韓 国 自 慢 の K T X 新 幹 線 で
ソウルから釜山に向かった。韓国自慢のKTX新幹線で。これはフランスのTGVを導入したものだが、座席が狭いというのが第一印象。驚いたのは改札が必要ないことである。乗車券は必要だが、それを一切改札口で見せることもなく、指定されたホームの列車に乗るだけ。出口でも乗車券提示は必要なし。
その理由は、すべてコンピューターで管理していて、車掌が端末を持って歩き、購入されていない座席に座っている人をチェックするシステムであるから、出入りの改札の手間は要らないのである。これは合理的である。
その上、新幹線のホームと在来線のホームの間も自由に行き来でき、何ら途中での検問はない。これらのシステムはコストを下げさせることになっているだろう。
釜山では、南浦洞ナムボドン・チャガルチに行く。魚市場である。豊富な種類と魚が生きたままの新鮮さに驚く。さて、夕食は釜山名物の「テジクッパ」を食べるため、釜山一の繁華街・西面ソミョン一角の「テジクッパ通り」と呼ばれるストリート、専門店が立ち並び、呼びこみしている一店に入った。「テジクッパ」の「テジ」は韓国語で「豚」という意味で、豚骨を丸1日近くかけてじっくりと煮込み、ダシを取ったスープに別茹でをした豚肉、ご飯を加えて、好みの薬味を入れて食べる。
(デジクッパ)
今でこそ釜山名物と言われているテジクッパだが、実はそのルーツは北朝鮮にあるらしい。1950年代に起こった朝鮮戦争中に、釜山に来た北朝鮮の人々が、この地で広めたのが始まりとのこと。
「釜山に来たならテジクッパを食べてみたい! 」という人が多く、また、価格は5,000wと安く、お腹一杯食べられることから、韓国人にも人気である。テジクッパ主材料の豚肉は、ビタミンBをはじめ、タンパク質など豊富な栄養分が含まれ、韓国で豚肉は疲労回復や体力増強を促してくれる食材として多くの料理にも使われ好まれている。
このテジクッパを食べる時に欠かせないのが薬味だ。薬味の定番はニラやアミという小エビに似た海産物の塩辛、玉ねぎ、ニンニク、青唐辛子に白菜キムチとカクテギ(大根キムチ)。また、店によっては薬味に加えてそうめんが出る。テジクッパのスープ自体は淡白な味で、薬味を好きなように加えて食べることになる。
さて、テジクッパとビールをオーダーする。だが、回りを見るとビールを飲んでいる人誰もいない。小瓶のグリーンラベルにC1とデザインされたものを飲んでいる。気になるので、あれは何ですかと聞くと、焼酎という。度数が高いのかと尋ねると、そんなことはありませんよというので注文した。一本3000w。
C1が運ばれ、ボトルをみると稀釈式焼酎と書いてある。焼酎を韓国語でソジュといい、地域ごとに地元ブランドが愛飲されている。釜山ではデソン酒造のシウォンソジュ(C1ソジュ、시원 소주)が人気。韓国国内シェア約50%を占める「眞露(ジンロ)」は日本でも有名だが、その他地域ごとにいろいろあるが、韓国で流通している焼酎のほとんどは「稀釈式」とよばれる方法で作られている。
発酵させた米や麦などの原料を連続的に蒸留し、高濃度のアルコールにしたあと、水で適度なアルコール度数まで薄める。日本における分類では、甲類焼酎に相当し、以前は25度ぐらいの製品が多く流通していたが、最近は飲みやすさが重視され、20度前後の焼酎が主流となっていて、ソジュの飲み方はストレートが一般的。
日本のように水やお湯で割ることはもちろん、氷を入れて飲んだりもしない。ソジュは、甘味が強く辛い料理の多い韓国料理によく合うとされ、また、よく冷やしてから飲むため口当たりがさっぱりとしており、焼肉のような油分の多い料理とも相性がよいと親しまれている。
さらに、韓国で流通している焼酎のほとんどが小瓶である。いわゆる2合瓶360mlである。韓国にはボトルキープという習慣がなく、さらに何本も焼酎の空き瓶を並べながら飲む行為がウケたため、小瓶が一般的になったともいわれていて、飲み終えた焼酎などの空き瓶を片付けることなく、帰るまでそのままテーブルに並べておく。この行為はほかのテーブルに向けて「自分たちはこれだけ飲んだ」とアピールするためらしいが真偽のほどは分からない。
いずれにしても、テーブルに運ばれてきたC1稀釈式ソジュを飲み、様々な薬味をたっぷり入れて食べたテジクッパは最高であった。名物にうまいものありである。折角入ったテジクッパの店であるから、隣席の人に牡蠣の食べ方を聞いてみた。韓国の人は大体親切であるからよく教えてくれる。
答えは「刺身で食べる」といもの。牡蠣の刺身かと確認するとそうだとの答え。ちょっと意味が分からないので、詳しく聞いてみると、むき身牡蠣を市場で買ってきて、水洗い、それも塩水で洗い、それをたれにつけて食べる。たれは唐辛子、みそ、水飴、酢、キムチの素を混ぜたもの。つまり、刺身ではなく牡蠣のむき身をそのまま食べるということが分かった。
次に、牡蠣キムチの作り方も聞いてみると、白菜二三枚の間に牡蠣を入れ、そこに大根とネギと人参と、せりやなしなどを千切りにして加える。もちろん、キムチだからキムチの薬味を入れる。牡蠣は腐りやすいので一週間くらいの間に食べるという。「テジクッパ通り」は美味しくて、牡蠣情報が得られ大満足であった。
2009年2月の朝9時、釜山から約150㎞離れた、慶尚南道の統営市トンヨン TONGYONG SHIに向かった。牡蠣養殖場の視察のためでだが、統営市に向かう道は山ばかりで、トンネル道路が多い。韓国は山国だということが分かる。
到着した統営市と、隣の巨済市コジュ一帯の海に散らばる小島は、閑麗海上公園と呼ばれる国立公園である。文禄・慶長の役(1592年から1598年)の折、亀甲船コブクソンを使って、日本軍勢を破った救国の英雄、忠武公・李舜臣将軍ゆかりの場所がところどころに残っていて、統営市は一時期忠武公にちなんで忠武チュンムと名付けられていた。市役所の建物も、この記念に亀甲船を形とった屋根となっている。街道筋のガソリンスタンドの屋根にも亀甲船がある。
さて、統営市に入ってから何回も道を尋ね、ようやくたどり着いたところが海に面した牡蠣工場である。もう既に11時半になっている。これ以上道がないというドン詰まりの場所。建物は大きい棟が二つある。事務所はどこかと探していると、海側に面した倉庫と思える扉が開いて、一人のお婆さんが出てきた。少し腰が曲がっている。事務所はどこですかと聞くと、黙って階段の上を手でさす。上がっていくと一人の若い女性が「何ですか」という無愛想な顔でこちらを振り向く。その女性以外は誰もいない。
用件を伝えると分かったと、応接室に案内される。大きな部屋だ。ただし殺風景。よく見かける田舎の中小企業の会社スタイル。待っていると中年の男が入ってきて、名刺交換。顧問、英語でADVISORとある。住所は慶南 統営市 道山面 法松里とある。
会った途端に、忙しいので時間が取れないという。現場を持っているので忙しい。全部
説明するには三日間かかるという。そう言いながら質問すると答えだす。会社案内はないかというとコピーでファイルしたものを持ってきたが、これは1997年に設立した会社で、2007年に倒産したところ。今の会社は2009年1月に再開した新会社。先月開始したばかりだ。それでは忙しいはずだ。顧問となっているので、どこで牡蠣養殖技術を学んだのかと聞くと、親からと大学でと答える。このあたりで育ったので自然に身につけたとも補足する。
生産量は生かきが10月から2月で400トン、大きいものは日本へ輸出、小さいものは韓国。3月から4月にはむき身を120トンに他の漁師から仕入れて200トン、合計320トンから350トンを冷凍し、95%日本へ輸出する。
4月中旬から6月上旬まで蒸し牡蠣と干し牡蠣をつくる。干し牡蠣は30%、缶詰が70%。10月から11月出荷する牡蠣は二年物、それ以外は一年物。従業員は牡蠣剥き工程で100人、冷凍工程で70人。
種カキは天然ものが90%、人工は10%。種をつける方法は、ホタテと牡蠣殻の二方法ある。ホタテのほうがつきにくいし、ここは波が強いので牡蠣殻のほうが固くてよいとの説明。養殖法は垂下式であり、牡蠣の流通ルートは漁師からセリ場に出すルートと、直接取引でスーパーとか専門店である。統営市の郷土という牡蠣専門店と直取引しているという。昼食に行くため、この店の電話番号を教えてもらう。
ところで、コピーされたパンフレットが目の前にあるので、それを開いてみたら、日本の会社名が書かれている。そこでこの会社に輸出しているのかと尋ねると、慌ててこちらの手許からパンフレットを奪い取る。もう見せないといい、時間的にもう説明することが無理だといい、遠くから来たのに昼食も出さないことをお詫びするという。とにかく早く帰ってもらいたい雰囲気。海の養殖現場の写真を撮りたいというと、ダメという。海の景色だけでも撮りたいというが、これもダメ。これは困ったと発言すると、では、組合を紹介するからそこへ行けといい、組合に電話して3時の予約をしてくれたので、仕方なく失礼する。一応、外の車のところまで送ってきて頭を下げたが、これは何かあるなと思わせる対応で、このようなことは世界中取材して一度も経験したことがない事態であった。疑問が残る事件だった。
昼食は、教えてもらった牡蠣専門店「郷土」へ行った。ロッテスーパーの近くで、結構店内は広い。入口に有名人の写真がたくさん張られている。まず、牡蠣焼きを注文する。すると牡蠣は身からとったもの、つまり、むき身を焼くだけという。殻がついていないもの。殻つきの牡蠣はないのだ。その理由を、主人が大声で熱心話しだす。「殻つきは海の潮が入っていて、塩分が強いので水ばかり飲む。だからむき身のほうが良い」とのことなので、むき身の牡蠣焼きと牡蠣ごはんを注文する。
韓国料理は、小皿がたくさん出てくる。これは韓国の習慣。ニラ・ニンニクも生のまま出てくる。さて、出てきた牡蠣を見てびっくりした。すごい量である。三人分を注文したのだが、どう見ても小粒だが50個はある。牡蠣ご飯にも10個は入っている。これは玄米で、薄味でうまい。牡蠣焼きは全部食べきれずに、残念ながら残す。全体的に薄味でうまい。隣のテーブルに四人組が座った。男性三人に女性一人。二人が焼酎飲んでいる。話しかけてみた。「どこから来たのですか」「ソウルの近くからです」「どこへ行くのですか」「外島です」。外島とは島全体が個人所有で、手入れに行き届いた公園で「冬のソナタ」の最終回に登場したことで一躍有名になったところ。わざわざソウルから来るのだ。
さて、支払いであるが、三人でお腹いっぱい食べて38,000w。2500円である。馬鹿安だ。うまいし栄養あり大満足。
昼食後は、港に面した中央市場内を歩く。魚中心に野菜もたくさん並んでいる。牡蠣はビニール袋に入っているものと、ざるに入れたものと、殻つきもある。むき身はこの道路上の水道水で洗って1㎏と0.5㎏に分けている。10000Wと5000W。人が多く市場内は活気がある。日本では見られない風景である。
さて、3時になったので、牡蠣組合に行く。一階は競り場で事務所は二階にある。立派な建物で広い。二階では銀行の隣にある。組合入口に面白いポスターがある。Man Eart for Womanと左にあり、右側にWoman Eart for Manとある。「男は女性のために食べる。女性は男のために食べる」率直な表現に韓国らしいと感じる。
(牡蠣組合のポスター)
応対してくれたのは牡蠣垂下式水産業協同組合の常務である。とても親切である。先ほどの牡蠣養殖会社のアドバイザーとは大違いである。ホッとする。資料と共に下関市の日刊みなと新聞(2008年4月4日)をいただく。この新聞に統営市の牡蠣祭りの模様が一面に大きく報道されている。
この記事の概要を紹介する。
「慶尚南道・統営市は韓国産牡蠣の発祥の地。1960年に日本からな種苗と技術を導入して養殖を開始した。この海域は、閑麗海上国立公園の中にあって、厳しく開発が規制されているため周辺に大きな工場がなく、韓国の中で最もきれいな海岸といわれ、米国FDA、日本の厚労省の承認も得ている清浄海区とある。昨シーズンの生産量は、前年比7%増の42000トン(むき身ベース)、金額は12%増の1508憶1000万ウォン(約150憶円)と、一昨年、昨年に続き数量、金額とも増えるなど、着々と消費拡大活動は成果を上げている。PR活動としては、軍隊など国の要人を対象にした試食会も開催し、今後は一般兵士向けの料理メニューも提案していく計画。昨年は同組合が協賛して牡蠣専門の料理本を制作。牡蠣をつかった炊き込みごはんや寿司、雑炊、スパゲティ、フライなど40種類以上のレシピを掲載するほか、栄養面など牡蠣の知識についても紹介している。輸出にも力を入れている。昨年は総生産量の32%を27カ国へ輸出した。主に生鮮、冷凍品は日本、缶詰が米国、乾燥品がアジア。安全・安心への取り組みでは、最新の検査機器を備えた事務所の研究室で独自検査を実施。海域ごとに海水と牡蠣をサンプリングし、腸炎ビブリオや赤痢菌などの細菌検査を行う」。
この記事の牡蠣専門の料理本をいただいたが、これは立派である。世界中に通ずるほどだと思う。牡蠣養殖方法について説明受ける。一番多いのは垂下式で、簡易垂下式もある。網に入れて海中につくった棚に乗せて養殖するもの。これは写真で見る限りフランスと同じである。少しだが投石法もある。海中に岩を置き、そこに植え付けるもの。これはソウルで聞いた全羅南道の高興と同じだと推察する。
養殖場は国から漁業権を受ける。10年契約で更新する。販売ルートは50%が競り場から卸市場へ行き、そこから街の市場の店に行く。20%は直接個人とか店に宅配する。30%が加工し袋詰めしスーパーやデパートへ。ブランド化政策は積極的に進めている。この地区の牡蠣は、味がトクトクと香りが深い。島が多い多島海だから自然に恵まれ、水深が適当な深さである。海水もきれいで栄養があるので魚はよく育つ。海は毎週、毎月調査している。この地区は工場がなくきれいな海。国基準に基づく衛生管理を行っていて、米国FDA基準でも行っている。組合は、養殖業の方々の権利を保護し守っている。価格維持の政策をとっている。広報活動に毎年5億wかけている。牡蠣に合う韓国ワインはMAJUANGだという。これはソウルのロッテデパートでも同様だった。
終わって次に常務の上司である常任理事に会う。向こうから本を一冊持ってくる。日本の書店のカバーしてある。本は畠山重篤氏の「牡蠣礼讃」である。この人を知っているかというので、この人が私の本の推薦文を書いた人だと答え、日本に帰ったら「フランスを救った日本の牡蠣」を送ることにした。
韓 国 ~ そ の 3
統 営 市
このように牡蠣垂下式水産業協同組合で親切な対応を受けたが、まだ実際の牡蠣養殖現場を見ていない。そのことが気になっていたので、何回かこの組合と連絡をとって、ようやく2010年3月末に、再び統営市を訪問した。組合の事務所の前に立つと、昨年見て面白いと思ったポスターが依然として貼ってある。改めて見直す。
今日は常務が出張で留守なので、担当の方から話を聞く。事務所内は部門名を表示したものが天井からぶら下がっている。「流通販売課」「指導課」「総務課」の三部門である。その「流通販売課」の担当者が対応してくれた。昨年聞き洩らしたこと、牡蠣垂下式水産業協同組合の組織であるが、組員は844名で役員・職員が56名とのこと。牡蠣養殖海域面積は858か所で4947ha。この海での養殖牡蠣は、稚貝から一年半で出荷する。韓国人は小さい牡蠣を好むので、大きくしない。天然稚貝は80%、人口が20%。三倍体の人口牡蠣の方が見た目に美味しく見えるという。民間の企業から種を買う。ここ数年増加傾向。価格は二倍高いが育つ期間が短く、早めに出荷できる利点がある。
出荷時期は10月から6月まで。今日は競りがある。12時10分と18時。12時10分は全体の20%程度。後で見学することにする。具体的な垂下式の説明を受ける。海底に打ち込んだロープ、間隔は100mでその間に7個の発泡スチロールブイを付け、そのブイにひもで牡蠣をつるす。ひもの長さは大体6.5m程度。ひもに付ける牡蠣と牡蠣との間は20cmの間隔。
このような内容を聞いているところに、船の用意ができたとの連絡があり、いよいよ海に出るため波止場に向かった。垂下式の現場で、昨年写真撮影できなかったものだ。11時25分に組合の船で出港した。船の中はストーブがあって暖かい。少し走ってすぐに着く。本来はもっと沖合にと思ったが、こちらの取材時間の関係で近場の養殖場にしていただいたのだ。
船が停まって牡蠣を引き上げた。若芽や貝がびっしり着いている。海のプランクトンが豊富なので、つきやすいのだという説明。牡蠣を剥いてその場で食べる。塩味が効いている。日本の海より塩気が強いらしい。噛みしめると後味が良い。うまい。さすがに獲り立ては違うと今回も思う。この海の牡蠣は殻が薄く、身も薄く、成長は早い。日本の牡蠣のようにぷっくらしていないが、このような牡蠣を韓国人は好むという。食べた牡蠣は稚貝から一年経過もの。戻る途中でみると、岸壁のすくそばでも牡蠣の養殖をしている。
海から組合の建物に戻ったのが12時。既に一階の競り場には車がドンドン入って来て、牡蠣を入れた箱が積まれていく。箱の中には大きなビニール袋に入った10kgのむき身カキが入っている。車が競り場に入る前に、女性が新鮮度を測る機械でチェックする。そのような動きが始まったところに、赤ジャンパー姿の中年女性と、赤ではないがジャンパー姿の男性が大勢集まってきて、集まった牡蠣を見て回っている。仲買人だ。この仲買人が、いつの間にか団体写真を撮るための使われるような、段差付きの梯子段に立った。全員手帳を手に持っている。仲買人の向かいには、先ほど組合事務所で説明してくれた「流通販売課」の担当者がマイク持って立つ。いよいよ競りが始まった。
(牡蠣の競り風景)
一人の男が箱の中から牡蠣袋を取り出し、どこどこの牡蠣で数量はいくらだと叫ぶ。そうすると司会者が「オーオー」と長く叫び出す。そのオーオーが停まったとき、手を挙げ価格を叫ぶ。買った人が決まったのだ。司会者の向かいに立っている仲買人は、右手を左胸にいれ、三本指で司会者に買いのシグナルを送る競りである。
競りの開始は12時15分で、終わったのが25分であるから、たったの10分で30業者が持ち込んだ牡蠣が全部捌かれたのだ。早い。後は18時から。この方が多く70業者から80業者が来るという。その場合はこの一階の競り場が牡蠣でいっぱいになる。平均落札価格は10kg5万wで、今の時期は最盛期の半額という。ということは最盛期には10kg100,000wだから、1kgが10,000wということになる。因みに、すぐ近くの牡蠣を売っている店を覗いたら、1kgが11,000wだったので、競り場の価格より倍である。
次に、食事に行こうと誘われ、新しくできたレストランに向かう。3月24日オープンの、高台で海が一望できる絶好の場所である。ところが、入り口で驚いた。今日は12時から14時まで貸切りでいっぱいと書いてある。バスが4台も駐車場に並んでいて、一人暮らしお年寄りを、ボランティアの人たちが一日観光に招待したもので、200人くらいはいる。
普通では断られるが、組合の課長がいるので、特別に奥の間仕切りされた部屋に通される。このレストランの名前を日本語に訳すと「牡蠣・海鮮 お膳」である。すぐ眼の下に「参参物産」SAMSAM MULSAN CO.LTDと書かれた建物があるが、この会社が経営している。その向こうに赤い屋根の建物が見える。あれは牡蠣剥き場だと説明あり。全員おばさんたちで、一日一人10万wになるという。良い稼ぎだ。「参参物産」は全国に牡蠣の販売、宅配も行っている。このようなレストランを経営するのが社長の夢だったと説明受ける。
参参物産の息子が出てきた。日本語ができる。日本に二年間研修に行ったので。二年程度でこれだけ話せれば立派だとほめる。さて、間仕切りされた個室のテーブルに、牡蠣が出てきた。最初は殻付き牡蠣を蒸したもので、既に殻は開いているので、そのまま食べられる。次に牡蠣を卵焼きで包んだもの、更に続いて出てくる。牡蠣ハンバーグ、キムチ牡蠣、グラタン牡蠣、生牡蠣、むき身の生、牡蠣炒め、すごい。これだけ牡蠣料理が並ぶのは初めてだ。日本ではないだろう。世界でもないだろう。
牡蠣だけでなく、様々な貝類、ホヤに味がそっくりだが小さい貝も出てくるし、すしも出され、ブルゴギ肉鍋とサラダ、その他よくわからないが漬けものとか、海草類が多種類出で来る。飲み物はキイチゴ酒。度数は15%ある。牡蠣には白ワインがよいが、キイチゴ酒もなかなかいける。韓国人はワインより焼酎を飲むのが多いが、今日はキイチゴ酒を店から推薦され飲んだ。甘い味である。
そこへ、またもや運ばれてきたのが、小さいトマトと、冷えたシナモン味のスープと、もう終わりだと思ったら、ご飯と牡蠣スープとキムチなどの漬けものが出てくる。これでお腹がいっぱいになって大満足である。そこへこのレストランの奥さんが挨拶に出てくる。この奥さんは見覚えがある。先ほどの競り会場にいた仲買人である。
韓国では10年前くらいから牡蠣を多くの人が食べるようになったという。それまでは高級品、つまり、価格が高く、一般的な食材でなかったのである。この動きに統営市の牡蠣祭りなどの国民へのPR活動が寄与しているであろう。今やソウルでみたように、牡蠣専門店チェーンが育っている。残念ながら日本にはこのような形態店は存在しない。牡蠣は韓国人の方が一人当たりで食べていると思う。改めて、そう実感した韓国の牡蠣事情である。