フィリピン牡蠣事情 新種のマガキを求めて

フィリピンのカキ養殖の現況・・・その一

1.0 はじめに

私は、一昨年来フィリピン・セブ市にあるサンカルロス大学生物学部の客員教授として学生の教育及びカキ類を中心とした貝類の研究活動を行っています。私のカキ類研究のフィールドノートで初めてフィリピンのカキの標本を入手した経緯を見ると、2004年の3月14日、セブ市のカルボンマーケットで売られていたマガキ属の牡蠣を見て、産地を訪ねたところ、ボホール島のタグビララン市の北方のコルテスで漁民が獲った野生個体であると知り、3月16日に現地を訪ね、漁民の案内で採集し、DNA分析を行った4個体であったことが始まりでした。

それ以降、たびたびフィリピンを訪れ、マニラ湾のエルミタ、その近郊のカヴィテ、バタンガス、ミンダナオ島のダバオ近郊、ネグロス島、セブ島およびその近郊のマクタン島、オランゴ島などから多くのカキ個体を得て、DNA分析を行い、新種を含むフィリピンのカキ類についての分類学的新知見を得ることが出来ました。このレポートでは、これまであまり報告の無い、フィリピンのカキ養殖の現況を実地調査を基に報告いたします。なお、本文で記述されている円とペソの為替レートは私が滞在した2014年10月から12月の平均レートの1ペソ=約3.8円として計算させて頂きます。

1.1 フィリピンについて

フィリピンという国名は、1542年メキシコの駐留地を出たビラロボスの率いるスペインの大型帆船軍艦による遠征隊がサマール島とレイテ島に到着し、この諸島を当時のスペイン王子フェリペ(後の国王フェリペ2世)にちなんでラス・フィリピナス諸島と名付けたことに由来します。フィリピンは7109もの島々からなる全面積が約30万平方メートルの国家で、現在の総人口は約1億人となっています。

その内、面積の大きなルソン、ミンダナオなど11の島に人口の95パーセントが集中しています。フィリピンは熱帯性モンスーン気候に属し、年間を通しての温度較差はあまりなく、平均気温26℃~27℃となっています。ルソン島北部やミンダナオにある2000mを超す山岳地帯では熱帯にありながら温帯的な気候が支配する地域もあります。雨季は、6月から11月、乾季は12月から5月となっていますが、必ずしもこれに当てはまらない地域もあります。 

フィリピン東方のミクロネシア海域は太平洋の台風の発生地域となっており、ルソン島やビサヤ諸島には毎年台風が上陸し通過していきます。昨年、2013年11月には超巨大台風ヨランダがレイテ島タクロバンに上陸し家屋倒壊120万戸、死者・行方不明者8000人を超す大被害をもたらしたことは記憶に新しいことです。
フィリピンは地史学的にみると、新第三紀中新世(約2000万年前頃)にはルソン島とその周辺の島々とミンダナオ島を中心とする島々が異なった海洋プレート上にあり互いの距離は大きく離れていましたが、鮮新世初頭(約500万年前)に2つのプレートが収束し衝突した結果、ほぼ現在のフィリピン諸島の原型が出来上がったことが分かっています。

諸島の原型が出来上がったこの時代には、アジア大陸の動物・植物がフィリピン諸島に渡来できる地理学的状況が成立し、2つのルート(パラワンからルソンへ、また北ボルネオからタウイ・タウイ島列を経てミンダナオへ)を経て移住してきました。

しかしその後、フィリピン諸島の西方沖に新たな海溝が形成され、鳥類などの飛翔能力のある動物を除き、大陸からの動物が渡来できない孤立した諸島となりました。その結果、世界最小のメガネザル・ターシャ(Tarsier)など300種を超す固有動物や多くの固有植物など固有性に富むフィリピンの現在の動物・植物相が形成されることとなりました。海洋生物を見るとフィリピン諸島近海はインド―西太平洋域で最も生物多様性に富む海域となっています。日本列島のようにプレート境界が諸島内にあることから、フィリピンには火山活動や地震活動も活発です。

考古学的知見から見ると、フィリピンにはアジアで最も古いホモ・サピエンスの人骨が発見されており出アフリカを遂げた現代人がアジアで最初に定住を始めた地域の1つであり、その系統を引き継ぐと考えられるネグリト族、次に新石器文化を持ち込んだ原始マレー族、その後棚田水田農耕の風習を特徴とした古マレー、その後に移住してきたマレー系の民族が基盤となり、それ以降に移住してきたイスラム教徒、インド人、中国人(華僑)、これらの民族がスペイン人と混血した人々などにより民族的にも遺伝学的にも多様性に富んだ人々が現在のフィリッピン人を構成しています。

各地域には固有の文化言語が存在しており、現在ではマニラ周辺の言語を基としたタガログ語が標準語となっており、学校教育ではタガログ語と英語による教育がなされています。ちなみにセブ島やボホール島ではこれらの2言語に加えセブ語が日常的に使われています。

1.2 フィリピンの国状と食糧事情

フィリピンの国状について

フィリピンはスペイン人による380年にわたる統治により国民83パーセントがカトリックであり、プロテスタントを含め93パーセントがキリスト教徒であり、スペインの統治が及ばなかったミンダナオ島を中心にイスラム教徒が国民の5パーセントほど居ります。ミンダナオ島ではフィリピン政府軍とモロ・イスラム解放戦線との間で長年戦闘が繰り返されてきたが、2013年にフィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線の間でミンダナオ包括合意文書への署名が行われ新しい時代を迎えようとしています。

フィリピンの政治と経済活動は、依然として少数のスペイン時代からの大地主の家系や、戦後に中国から移住してきた華僑などを含む富裕層によって独占されており、国民の半数を超す多くの貧困層には富の分配が十分になされず、民主的な手続きによる政権選択の機構がまだ十分に機能していないことなどこの国の近代化にとって解決すべき難題が残されています。特に都市が抱えるスラム街また治安の悪さなどはこれらの問題から起因していると言われています。

現在のフィリピンの経済状況は、近年、年間6~7パーセントという高い経済成長率を遂げており、ASEANの中で今後の発展が期待されている国の一つでもあります。この経済成長を基に電力、上下水道、住環境、道路、流通システムなどのインフラ整備が進行すれば、教育された豊富な人的資源を基にさらなる経済成長が見込まれると思われます。

フィリピンは日本の少子社会と反して、子供の数の割合が非常に多いのが特徴です。
公教育では、学校数に対し学童数が多いため、2交代制を取っています。モーニングシフトは通常6時または6時半に始まり、12時半に終わり、アフタヌーンシフトでは12時30分から始まり、5時30分に終わります。
フィリピンの朝は雄鶏の鳴き声に続き、しばらくすると学校に出かける学童たちの元気な話し声で1日が始まります。

フィリピンでは人口の半数以上が貧困世帯から構成されていますが、教育に対しては熱心に力を入れており、国民の大部分が英語で読み書き、会話、発表が出来ます。

フィリピンの食事情について

国土が海に囲まれ、人口の多くが海岸部に集中しているフィリピンでは、魚介類が米、果物に次いで3番目に多量に消費される食品群であり、かつ安価な食品群の一つとなっています。牛肉、豚肉、鶏肉などのより高価なタンパク質食品を得にくい貧困層にとって魚は、もっとも貴重なタンパク質源となっており、貧困層の健康を支えています。

フィリピンのローカルな市場から大型のモールの鮮魚売り場には各地で養殖されているフィリピンの国魚であるサバヒー(英名でMilk fish; タガログ語でバグース(bangus))およびテラピアとともに、地産の多種の魚類、スイショウガイ科の巻貝、ツキガイやリュウキュウアサリなどの二枚貝、イカ類、カニ類、エビ類がよく見られます。大型モールの鮮魚売り場にはこれらに加え、エアレーションされた大型水槽にマガキ類のアイアデールガキ(Crassotrea iredalei)が生きたままで売られ(図1)、食品トレーには野生のイワガキ類(Saccostrea属のカキ類)のむき身(図2)が売られています。


(図1)セブのモールの鮮魚店の牡蠣水槽


(図2)セブのモールの鮮魚店で売られているイワガキ属のむき身

私がたびたび訪れるセブ市中心地にある巨大モールのアヤラセンター内のスーパーマーケットでは、カキ類(タガログ語でTalabaと表記されていることが多い)は良く売れるらしく水槽中の生き牡蠣はいつも新しい牡蠣が補充されています。特に後者のむき身は閉店時には売り切れ状態になっていることが多いです。古くから野生のカキを採集して食してきたフィリピンの人々にとってカキ類は身近な食材として好まれているように思われます。

フィリピンの都市部の道脇には、多くの小規模食堂が軒をつらねています。店を覗いてみますと、多くの人がたくさんの白米とともに魚のから揚げ、場合によっては鶏肉のから揚げ、野菜と豚肉の煮込んだおかず、スープなどを頼み、小さなテーブルで食べている姿がよく見られます。

一食の代金として、多くの人は、50ペソから80ペソ(2014年12月時点、日本円で計算すると190円~304円程度)程を払っています。フィリピンの収入(平均年収約50万円程度と言われていますが、地域差や、所得格差が極めて大きい。)からすると貧困層にとって食事代はかなり高いことが分かります。ですので、家族の多いフィリピンの家庭では、市場やモールの食品売り場で食材を買い、家庭料理を作るので、家族で外食をしている姿はどちらかというと稀のようです。